誰かに薬を盛る行為をしたらどうなる? いたずらでも逮捕される?
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相手に気づかれないように睡眠薬などを飲ませる行為を「薬を盛る」と表現することがあります。
平成29年4月、長崎県諫早市のスナックで男性会社員に睡眠薬を混入させた酒を飲ませて昏睡(こんすい)させ、財布から現金を盗んだとして、店のオーナーを含む、男女5人が逮捕される事件がありました。男性は吐しゃ物を喉に詰まらせて窒息死したため、極めて悪質な事件といえるでしょう。
他人に睡眠薬などを飲ませる行為は、法律によって厳しく処罰されます。本コラムでは、他人に「薬を盛る」行為で問われる罪や刑罰の重さ、事件化した場合に起きること、警察に容疑をかけられてしまった場合の解決策などについて、ベリーベスト法律事務所 長崎オフィスの弁護士が解説します。
1、他人に薬を盛る行為は犯罪! どのような罪に問われるのか?
他人に薬を盛る行為は、以下のような犯罪に問われる可能性があります。
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(1)暴行罪
暴行罪は刑法第208条に定められている犯罪です。
典型的には殴る・蹴るといった暴力行為を罰するものですが、法律上は「人の身体に向けられた不法な有形力の行使」だと解釈されています。
相手になんらかの効果を起こすという目的をもって薬を盛る行為も、「不法な有形力の行使」と見なされて、暴行罪が成立する可能性があるのです。
暴行罪の法定刑は2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金、または拘留もしくは科料です。 -
(2)傷害罪
薬の効果によって「人の生理機能を傷害」すると、刑法第204条の傷害罪が成立する可能性があります。
傷害罪は相手にケガを負わせた行為を罰するものですが、「下剤を飲ませて下痢にさせた」、「大量の睡眠薬を飲ませて昏倒(こんとう)させた」といった行為も、傷害罪の処罰対象となるのです。
傷害罪の法定刑は15年以下の懲役または50万円以下の罰金であり、暴行罪よりも重い刑罰が予定されています。 -
(3)昏睡(こんすい)強盗罪
冒頭で挙げた事例のように、薬を盛って相手を昏酔状態にさせたうえで金品などを奪う行為は、刑法第239条の「昏酔強盗罪」に問われます。
「強盗罪」は、暴力や脅しによって金品などを強引に奪う行為を罰する犯罪です。
そして、相手を抵抗できない状態に陥れたうえで金品などを強引に奪う行為は、暴力・脅しがなくとも強盗と見なされるのです。
刑法の条文には「強盗として論ずる」と明記されているため、強盗罪と同じく、5年以上の有期懲役が科せられます。
最低でも5年の懲役が科せられるうえに、原則として執行猶予もつかない、重罪です。
なお、冒頭の事例のように強盗行為の結果として相手を死亡させた場合には、方法を問わず刑法第240条の「強盗致死罪」が適用されて、死刑または無期懲役に処されます。 -
(4)準強制わいせつ罪
薬を盛って心神喪失・抗拒不能の状態に陥らせたうえでわいせつな行為をはたらくと、刑法第178条1項の「準強制わいせつ罪」に問われる可能性があります。
また、相手が抵抗できない状態で、身体を触る・服を脱がせる・キスをするなどの行為をした場合には、「強制わいせつ罪」と同じ扱いとなり、6カ月以上10年以下の懲役が科せられます。 -
(5)準強制性交等罪
心神喪失・抗拒不能の状態にある相手に対して、性交・肛門性交・口腔性交をはたらくと、刑法第178条2項の「準強制性交等罪」が成立します。
いわゆる「レイプドラッグ」と呼ばれる問題のように、飲み物に混入させたり、別の薬やサプリメントだと偽ったりして薬を盛った末に性交などに至ったら、本罪の処罰対象となるのです。
法定刑は5年以上の有期懲役であり、原則として執行猶予はつきません。
2、いたずら目的でも犯罪? 相手に効果がなければ無罪?
金品を盗んだり、わいせつ行為をはたらいたりといった悪意はなく、単に「少し驚かせてやろう」といったいたずら目的で薬を盛った場合には、先に挙げた犯罪は成立しないのではないか、と考える方もおられるかもしれません。
また、相手を眠らせたり昏酔させたりする目的で薬を盛ったのに、想定したような効果が生じなかったと場合には、「効果がなかったから罪にはならない」と考える方もおられるでしょう。
しかし、いたずら目的であったり効果がなかったりした場合にも、薬を盛るという行為は犯罪に問われる可能性があるのです。
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(1)悪意がなくても「故意」があれば犯罪は成立する
相手を病気にさせたり、障害を引き起こしたりしてやろうといった悪意がなくても、薬を盛るという行為自体は、法律的には「不法な有形力の行使」です。
誤って薬が混入してしまったという「過失」でない限り、その後の薬効による傷害を予見していなくても、行為自体には「故意」があると見なされて、犯罪が成立します。
なお、過失によるものであっても、誤って薬が混入してしまい相手の生理機能を傷害した場合には刑法第209条の過失傷害罪に、相手を死亡させてしまった場合には同第210条の過失致死罪に問われます。
過失傷害には30万円以下の罰金または科料、過失致死には50万円以下の罰金が科せられ、前科もついてしまうという点に留意してください。 -
(2)想定していた効果がなくても罪になる
薬の効果が出るかどうかには個人差があるため、「昏睡状態にさせて金品を奪おうとしたり、心神喪失・抗拒不能に陥らせてわいせつな行為などをはたらこうとしたりするつもりだったのに、想定していたような効果が生じなかった」という場合もあります。
この場合は、薬を盛ったあとにつながる傷害が未遂に終わったと解釈することは可能性があります。
傷害罪は、ケガをさせるなど「人の生理機能を傷害した」という結果を罰するための犯罪であるため、未遂に関する規定はありません。
ただし、不法な有形力の行使は存在するため、薬の効果が出なくても暴行罪は成立するのです。
もっとも、薬の効果が生じなかった場合は、薬を盛られたこと自体がその場で発覚しない可能性が高いでしょう。
しかし、帰宅後や後日になって効果が生じて、思いがけない重篤な状況に陥らせてしまう、という事態になる可能性もあります。
もし他人に薬を盛ってしまったら、最悪の事態になって自身が重罪に科せられることを避けるために、素直に事実を打ち明けて、直ちに医療機関を受診させるように促してください。
3、警察に発覚したときに起きること
薬を盛った相手が被害に気づいたり、不審に感じた医師が関係機関に通報したりすると、警察に発覚してしまうおそれがあります。
以下では、薬を盛ったという事実が警察に発覚した後に起きる事態について、解説します。
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(1)容疑者として捜査対象になる
被害者の供述や医師の診断結果から「薬を盛られた」という被害が判明すると、警察の捜査が始まります。
一切の面識がない相手に薬を盛るのは難しいので、事件前後の行動などから、容疑者として捜査線上に浮かぶ可能性は高いでしょう。
容疑が強くなると、警察署に呼び出しを受けて任意の事情聴取を受けたり、周囲の人物への聞き込みや日ごろの行動の確認といった捜査を受けたりすることになります。 -
(2)逮捕されてしまう
捜査の過程で「逃亡や証拠隠滅を図るおそれがある」と判断されてしまうと、警察が裁判所に許可を求めて、逮捕されてしまう可能性があります。
逮捕に向けた捜査は秘匿されたまま進むので、いつ逮捕されるのかは、本人に判断することはできません。 -
(3)長期の身柄拘束を受けてしまう
警察に逮捕されると、警察の段階で48時間以内、検察官の段階で24時間以内の身柄拘束を受けます。
逮捕による身柄拘束の上限は、合計で72時間です。
さらに、検察官の請求によって裁判官が勾留を許可すると、最低でも10日間、延長請求が許可されればさらに最大10日間の身柄拘束を受けます。
勾留による身柄拘束は最大20日間なので、逮捕からあわせると23日間にわたって社会から隔離されてしまうことなります。
身柄拘束が長期化すると、一家離散や欠勤を理由とした解雇など、さまざまな不利益が生じるおそれがあります。 -
(4)有罪判決を受けて刑罰が科せられてしまう
刑事事件として捜査が進み、検察官が「罪を問うべき」と判断した場合には、起訴されて刑事裁判の被告人として審理されます。
薬を盛ったという事実が明らかになれば、有罪判決を受けて、適用される犯罪の法定刑に応じて適切な刑罰が科せられることになるでしょう。
4、他人に薬を盛ってしまったなら弁護士に相談を
犯罪目的だけでなく、いたずらや嫌がらせのつもりであっても、他人に薬を盛る行為は法律の定めに照らせば処罰の対象になります。
逮捕・勾留による身柄拘束や厳しい刑罰を避けたいと望むなら、直ちに弁護士に相談しましょう。
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(1)被害者との示談交渉で穏便な解決を目指す
逮捕や刑罰を避けたいと考えるなら、できるだけ早く被害者との示談交渉を進めましょう。
被害者に対して薬を盛った事実を打ち明けたうえで真摯(しんし)に謝罪して、精神的苦痛に対する慰謝料や病院の検査費用・治療費などを含めた示談金を支払うことで、謝意を示してください。
被害者が警察に相談して正式な届け出をする前に示談が成立すれば、被害者が「加害者の処罰は望まない」という意思を示しているのと同じことになるため、解決を図ることができます。
もし既に正式な被害届が提出されていたとしても、示談が成立すれば取り下げるのが一般的であるため、捜査が終結して、逮捕や刑罰の回避が期待できるのです。 -
(2)刑事事件に発展した際の弁護活動を依頼できる
被害者が加害者に対する処罰を求める姿勢を崩さない場合は、刑事事件として捜査が進むことになります。
身柄拘束の長期化による社会的な不利益や厳しい刑罰を回避するためには、弁護士のサポートが欠かせません。
弁護士は、逮捕・勾留による身柄拘束からの早期釈放、示談成立による不起訴、執行猶予つきの判決などの有利な処分を目指すための弁護活動を行うことができます。
特に、薬を盛っただけでなく、昏酔強盗やわいせつ・強制性交等といった厳しい刑罰が予定されている犯罪の容疑をかけられている状況では、弁護士のサポートは必須になります。
事件後の深い反省を裁判官に示すことで「減軽」が適用され、執行猶予が付される可能性も生じます。
5、まとめ
他人に薬を盛る行為は、暴行罪や傷害罪に問われるだけでなく、その後の行為によっては昏酔強盗罪や準強制わいせつ罪・準強制性交等罪といった重罪が成立してしまいます。
逮捕や厳しい刑罰を回避したいなら、弁護士に相談ください。
犯罪目的に限らず、いたずらや嫌がらせなどの目的であっても、他人に薬を盛る行為をはたらいてしまった方は、まずは弁護士にご連絡ください。
刑事事件の解決実績を豊富にもつ弁護士が、穏便な解決に向けた示談交渉や弁護活動を行います。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています