海外に行くと時効が止まるって本当? 「時効」の仕組みを解説
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令和4年の長崎県内における刑法犯認知件数は、3244件でした。
犯罪を疑われる被疑者が海外にいる期間中は、「逃げ得」を防ぐために、公訴時効の進行が停止します。
本コラムでは、海外脱出した被疑者に関する公訴時効の取り扱いや、公訴時効と民法上の時効制度の違いなどについて、ベリーベスト法律事務所 長崎オフィスの弁護士が解説します。
1、「時効」とは?
法律上の「時効」には、民法上の「取得時効」「消滅時効」、犯罪の「公訴時効」「刑の時効」の四種類があります。
このうち、検察官が被疑者を起訴することができなくなるという、「時効」という言葉で一般的にイメージにされるものは「公訴時効」にあたります。
以下では、法律上の「時効」全般と「公訴時効」について、概要を解説します。
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(1)民法上の「取得時効」「消滅時効」、犯罪の「公訴時効」「刑の時効」
民法上の「取得時効」「消滅時効」、犯罪の「公訴時効」「刑の時効」の概要は、それぞれ、以下のような意味をもちます。
① 取得時効
所有の意思(自己のためにする意思)をもって平穏・公然に物を占有し、または権利を行使する状態で取得時効期間が経過すると、その物・権利について所有権などの財産権を取得できます。
② 消滅時効
債権を行使しないまま消滅時効期間が経過すると、その債権が消滅します。
③ 公訴時効
犯罪がなされた時から公訴時効期間が経過すると、検察官は被疑者を起訴することができなくなります。
④ 刑の時効
刑事裁判が確定した後で刑の時効期間が経過すると、刑の執行が免除されます。なお、実際の法的手続きにおいて、刑の時効が問題になることはほとんどありません。 -
(2)犯罪の公訴時効は法定刑によって決まる|廃止された犯罪も
犯罪の公訴時効は、逃亡した犯人を警察が長期間発見できない場合などに、捜査のタイムリミットとして問題となることがあります。
<被害者が死亡した場合>
公訴時効期間は、被害者が死亡したか否かおよび法定刑に応じて、以下のように定まっています。法定刑 公訴時効期間 死刑にあたる罪 なし 無期懲役または無期禁錮にあたる罪 30年 長期20年以上の懲役または禁錮にあたる罪 20年 上記以外の罪 10年
<被害者が死亡していない場合>法定刑 公訴時効 死刑にあたる罪 25年 無期懲役または無期禁錮にあたる罪 15年 長期15年以上の懲役または禁錮にあたる罪 10年 長期15年未満の懲役または禁錮にあたる罪 7年 長期10年未満の懲役または禁錮にあたる罪 5年 長期5年未満の懲役もしくは禁錮または罰金にあたる罪 3年 拘留または科料にあたる罪 1年
たとえば詐欺罪(刑法第246条第1項)の法定刑は「10年以下の懲役」であり、被害者が死亡していない犯罪なので、公訴時効期間は7年となります。
2、海外に行くと公訴時効の進行が停止する
犯人が国外にいる期間については、犯罪の公訴時効期間の進行が停止します(刑事訴訟法第255条第1項)。
たとえば公訴時効期間が7年の犯罪について、犯罪の時から6年後に犯人が海外逃亡したとします。
この場合、海外逃亡の時点で公訴時効期間の進行が停止しますので、7年が経過してもまだ公訴時効は完成しません。
もし犯人が日本に帰国すれば、その時点から再度公訴時効期間が進行して、残りの1年が経過すると公訴時効が完成することになるのです。
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(1)海外に行くと公訴時効の進行が停止する理由
犯人が国外にいる期間について公訴時効期間の進行が停止するのは、いわゆる「逃げ得」を防止するためです。
国外にいる犯人に対しては、日本の警察や検察の捜査権限が及びません。
国際捜査共助によって滞在国に捜査協力を求めることができる場合もありますが、日本主導で捜査を進めることはできないため、犯人を確保できる確率はどうしても低くなります。
上記のような事情を考慮し、犯人確保に向けた捜査の期間を適正に確保するため、犯人が国外にいる期間については公訴時効期間の進行が停止することになっているのです。 -
(2)海外脱出以外に公訴時効の進行が停止するケース
犯人が国外にいる場合に加えて、以下のような場合にも、公訴時効期間の進行が停止します。
- ① 検察官が被疑者を起訴した場合(刑事訴訟法第254条第1項)
※管轄違いまたは公訴棄却の裁判が確定すると、その時点から公訴時効期間が再度進行する - ② 検察官が共犯者を起訴した場合(同条第2項)
※共犯者に対する判決が確定すると、その時点から公訴時効期間が再度進行する - ③ 犯人が逃げ隠れているため、有効に起訴状の謄本の送達または略式命令の告知ができなかった場合(同法第255条第1項)
- ① 検察官が被疑者を起訴した場合(刑事訴訟法第254条第1項)
3、民法上の取得時効・消滅時効について
民事上の権利に関わる取得時効や消滅時効については、民法でルールが定められています。取得時効や消滅時効は、公訴時効と異なり、相手方が海外にいても期間が停止することはありません。
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(1)取得時効の効果・期間
取得時効が期間経過によって完成すると、物を占有しまたは権利を行使していた人は、時効を援用することで、その物の所有権または権利を占有開始時にさかのぼって取得します。
取得時効を主張するためには、取得時効期間において、所有の意志をもって平穏に公然と者を占有し、または自己のためにする意志をもって平穏に公然と権利を行使したことが必要となります。
また、取得時効期間は、占有開始時における占有者の主観的態様によって以下のように異なります。- ① 占有開始時に、占有権原がないことについて善意無過失だった場合
→10年間(民法第162条第2項、第163条) - ② 占有開始時に、占有権原がないことについて悪意または有過失だった場合
→20年間(民法第162条第1項、第163条)
- ① 占有開始時に、占有権原がないことについて善意無過失だった場合
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(2)消滅時効の効果・期間
債権の消滅時効が期間経過によって完成して債務者が時効を援用すると、債権者は当該の債権を行使できなくなります。
債権の消滅時効期間は、債権の発生原因によって以下のように異なります。1. 債権
① 原則
以下のいずれか早く経過する期間(民法第166条第1項)- (a)権利を行使できることを知った時から5年
- (b)権利を行使できる時から10年
(i)人の身体・生命の侵害による損害賠償請求権(債務不履行の場合)
以下のいずれか早く経過する期間(民法第167条)- (a)権利を行使できることを知った時から5年
- (b)権利を行使できる時から20年
以下のいずれか早く経過する期間(民法第724条、第724条の2)- (a)損害および加害者を知った時から3年※
※人の身体・生命を害する不法行為の場合は5年 - (b)不法行為の時から20年
以下のいずれか早く経過する期間(民法第168条第1項)- (a)各債権を行使できることを知った時から10年
- (b)各債権を行使できる時から20年
判決等による確定時から10年
2. 債権以外の財産権
権利を行使できる時から20年(民法第166条第2項) -
(3)取得時効・消滅時効は海外にいても停止しない
民法上の取得時効や消滅時効の期間は、犯罪の公訴時効とは異なり、時効の主張を受ける者が海外にいても進行が停止することはありません。
取得時効については、物の占有や権利の継続行使が途切れた時点でリセットされて、新たに取得時効期間が進行することになります。
消滅時効については、時効の完成猶予事由が生じた時点で期間の進行が停止します。また、時効の更新事由が生じた時点でリセットされて、新たに消滅時効期間が進行することになるのです。① 時効の完成猶予事由- 裁判上の請求
- 支払督促
- 和解
- 調停
- 倒産手続参加
- 強制執行
- 担保権の実行
- 競売
- 財産開示手続
- 第三者からの情報取得手続
- 仮差押え、仮処分
- 内容証明郵便などによる履行の催告(6か月間のみ)
- 協議の合意
② 時効の更新事由- 裁判上の請求、支払督促、和解、調停、倒産手続参加をした後で権利が確定したこと
- 強制執行、担保権の実行、競売、財産開示手続、第三者からの情報取得手続が終了したこと
- 権利の承認(=債務の承認)
4、公訴時効の完成後に被疑者が見つかったら?
公訴時効の完成後に被疑者が見つかったとしても、検察官は被疑者を起訴することができません。
逮捕や勾留による身柄拘束も、起訴を目的としたものであるため、公訴時効が完成した後に行うことはできないのです。
もし公訴時効が完成しているにもかかわらず、検察官が被疑者を起訴した場合には、裁判所が判決によって免訴を言い渡します(刑事訴訟法第337条第4号)。
5、まとめ
捜査や被疑者の確保のための時間を適切に確保するため、刑事事件の被疑者が海外にいる期間は犯罪の公訴時効が停止します。
これに対して、民法上の取得時効や消滅時効は、相手方が海外にいたとしても停止せずに進行します。
取得時効や消滅時効の期間をリセットするためには、時効の完成猶予や更新の効力を生じさせるための手続きをとらなければなりません。
刑事や民事を問わず、時効を含む法律上の問題についてわからないことがある方や法律に関するトラブルにお困りの方は、専門家である弁護士に相談してください。
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