署名偽造は罪に問われる? アルバイトや代筆した場合の逮捕の可能性

2021年10月12日
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署名偽造は罪に問われる? アルバイトや代筆した場合の逮捕の可能性

住民が地方の政治に参加する方法のひとつとして存在するのが、直接請求です。規定数の有権者による署名が集まった場合は、地方公共団体に一定の行動を取らせることができます。

平成28年には、老朽化のため廃止が決定していた長崎市公会堂の解体中止と再使用に関する住民投票条例の制定を求めて有効総数1万7098の署名が集まり、市長がこれを受理しました。市議会定例会に付議した結果、条例制定は否決されましたが、市民の意見・要望によって議会が動かされたという点では有意義なものだったと評価できるでしょう。

直接請求の発動には、規定数の有権者による署名が必要です。署名に関しては、愛知県で知事リコール運動をめぐる署名偽造問題が発覚し、署名活動を展開していた団体幹部が逮捕される事態に発展したニュースは記憶に新しいかもしれません。

本コラムでは、署名偽造で問われる罪について長崎オフィスの弁護士が解説します。

1、署名を偽造した場合に問われるおそれがある罪

愛知県知事のリコールを求めて行われた署名の大半が、アルバイトによって偽造されていたという事件では、県選挙管理委員会が愛知県警に刑事告発し、不正を指示した団体幹部らが逮捕される事態に発展しています。

なぜ署名偽造が違法となるのか、そして違法であればどのような法律に反するのでしょうか。

  1. (1)直接請求に必要とされる署名

    住民からの要望で、地方公共団体に一定の行動を取らせる手続きを直接請求といいます。
    直接請求では、条例の制定や改廃、議会の解散、議会議員の解職などを求めることができます。
    これらの請求を発動させるために必要とされるのが『署名』です。

    署名といっても、ただ単に名前を記入すれば良いわけではなく、署名のほか、印・署名の年月日・住所・生年月日が必要で、身体の故障などにより署名ができない場合以外は委任による代筆は認められません。
    また、有効な署名として認められるのは、対象となる地方公共団体における選挙権を有する者によるものに限られます。代筆の場合は、委任を受けて代筆する者も有権者でなければ有効とはなりません。

  2. (2)署名偽造は地方自治法違反にあたるおそれがある

    直接請求にかかる規定は『地方自治法』に定められており、次のような行為は罰則の対象です。

    【地方地自法 第74条の4】
    • 暴行や威力を加える、交通や集会を妨げるなど署名の自由を妨害する、特殊な利害関係を利用して署名権者や署名運動者を威迫する(第1項)
    • 署名を偽造し数を増減させる、関係書類を抑留・毀棄(きき)・はく奪する(第2項)
    • 委任を受けていない、または署名することができるのに代筆する(第3項)
    • 代筆者としての署名をしていない(第4項)
    • 国または地方公務員・行政執行法人・特定地方独立行政法人・沖縄振興開発金融公庫の役員もしくは職員・などがその地位を利用して署名運動をする(第5項)
    • 政令で定める請求書・請求代表者証明書を付していない署名簿や政令で定められている所定の手続きによらない署名簿を用いて署名を求める、期間外に署名を求める(第6項)


    第74条の4の規定は「条例の制定または改廃の請求者の署名」に関するものですが、第76条「議会の解散」、第80条「議員の解職」、第81条「長の解職」にそれぞれ準用されます。
    従って、議会の解散・議員や長に対するリコールにかかる直接請求に関する署名でも、あらゆる不正・偽造が違法となります。

    各不正・偽造に対する罰則は次のとおりです。

    • 第1項……4年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金
    • 第2項・3項・4項……3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金
    • 第5項……2年以下の禁錮または30万円以下の罰金
    • 第6項……10万円以下の罰金

2、頼まれて代筆しても罪に問われる?

署名活動の趣旨に賛同し、署名をしたいと考えながらも心身の故障によって自ら署名できない人も少なからず存在します。
そこで、地方自治法では、委任や代筆者としての署名がある場合に限って代筆を有効としていますが、これに反する代筆は署名として無効となるだけでなく、偽造と同様に罰せられます。

ここで問題となるのが、先に挙げた愛知県知事リコール署名偽造事件にみられるような『アルバイトとして代筆した場合』です。このようなケースでは、アルバイト従業員が、名簿に記載されている人の許可を得ていると思っていたとしても自然ではあるので、罪には問われないと考えるかもしれません。

ところが地方自治法には、不正・偽造署名の成立について、代筆者の故意や過失を問う規定がありません
つまり、たとえ『仕事として依頼された』『本人の了承を得ていると思っていた』と主張しても、偽造しているという認識があったと判断された場合は、地方自治法違反に問われるおそれがあります。

3、逮捕された場合の流れ

署名偽造で地方自治法違反の容疑をかけられた場合は、警察に逮捕されるおそれがあります。逮捕された場合は、基本的に次のような流れで刑事手続きを受けます。

  1. (1)逮捕・勾留による身柄拘束を受ける

    逮捕されると、警察段階で48時間以内、送致されて検察官の段階で24時間以内、合計72時間を上限とした身柄拘束を受けます。
    この期間は、自宅へ帰ることも、会社へと出勤することも許されず、電話やメールなどで外部と連絡を取ることも認められません。また、逮捕から72時間以内は、たとえ家族であっても面会できません。

    さらに、検察官が引き続き身柄を拘束して取り調べる必要があると判断した場合は、裁判官に勾留を請求します。裁判官が勾留を認めると最長20日間まで身柄拘束が延長されるため、逮捕から数えると合計で23日間にわたって社会から隔離されてしまいます。

    なお、事件の様態などによっては、身柄を拘束されることなく捜査がすすめられる在宅事件として扱われることもあります。

  2. (2)起訴されると刑事裁判になる

    勾留が満期を迎える日までに検察官が起訴すると、被告人として刑事裁判で審理される立場になります。刑事裁判では、有罪か無罪の判決が下され、有罪であれば法定刑の範囲内で量刑が言い渡されます。

    一方で、検察官が不起訴とした場合は、刑事裁判は開かれません。裁判官による審理を受けないため刑罰も下されず、釈放されます。

4、自首すれば逮捕・刑罰から免れることはできるのか?

署名偽造に関与してしまうと、不正・偽造であることを知らなかったとしても刑罰を受けるおそれがあります。逮捕・刑罰に不安を感じている場合は『自首すれば罪が軽くなるのではないか?』と悩むかもしれません。

  1. (1)自首とは?

    「自首」とは、犯罪事実や犯人が捜査機関に発覚するよりも前に、犯人が自ら犯罪を申告して、自らの処罰を求める意思を表示する手続きです。
    適法に自首が成立した場合は、刑法第42条1項の規定によって「その刑を減軽することができる」とされています。

    減軽とは、法定刑を減じたうえで量刑を言い渡すことを指します。有期懲役・禁錮はその長期および短期の2分の1が、罰金はその多額上限および下限の2分の1が減じられます(刑法第68条)。
    署名偽造の法定刑は3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金なので、懲役・禁錮の場合は1年5か月以下、罰金は25万円以下の範囲で量刑が決まります。

    ただし、自首による減軽はあくまでも「減軽することができる」とされているため、必ず減軽されるわけではありません。裁判官の判断次第では、減軽されないおそれもあります。

  2. (2)容疑をかけられている段階では自首にならない

    自首は、犯罪事実や犯人が捜査機関に発覚するよりも前になされなければ有効とはなりません。つまり、すでに警察が犯罪を認知して捜査をすすめており犯人を特定している段階では、すすんで罪を告白しても自首としては認められないのです。

    署名偽造の容疑をかけられており、警察から詳しい事情を尋ねたいと連絡を受けた場合は、すでに自首が認められるタイミングを逃しています
    ただし、素直に出頭して取り調べに応じ、知り得る範囲の事情を詳しく説明して捜査に協力する姿勢を示せば、逃亡・証拠隠滅のおそれが否定され、逮捕を回避できる可能性が高まります。

5、まとめ

知事や議員の解職などを求めた署名活動において、正規の手続きを経ることなく他人の署名を代筆するのは、地方自治法違反にあたります。最大で3年の懲役・禁錮が規定されている重罪であり、世間の注目度も高いため、逮捕されて実名報道を受ける可能性もあるでしょう。

アルバイトとして署名偽造に関与してしまった、依頼を受けて署名を代筆したが無断であるとは知らなかったというケースでも、地方自治法違反に問われるおそれがあります。警察からの出頭要請を受けているのであれば、すでに強い嫌疑をかけられている段階だと考えられるので、逮捕・刑罰を回避するための対策が必要です。

署名偽造に関与してしまい、逮捕や厳しい処分を回避したいと考えるなら、刑事事件の弁護実績が豊富なベリーベスト法律事務所 長崎オフィスにご相談ください。弁護士がしっかりとお話を伺ったうえで、最善の対応策をアドバイスします。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています