人を放置して死亡したら? 犯罪とされたときどうすべきか

2022年10月24日
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人を放置して死亡したら? 犯罪とされたときどうすべきか

平成30年の夏、長崎県北部の町で女児が自家用車の中に放置されて死亡する事件が起きました。事件当日の気温は35度を超える猛暑日で、女児の死因は熱中症とみられています。外出先から帰ってきた両親が、後部座席に乗っていた女児を降ろすのを失念してしまったために起きた痛ましい事例です。

幼い子どもや身体に障害や病気をもっている人、高齢者など、助けがないと生命を維持するのが難しい人に必要な扶助を怠ることを、法律用語では「遺棄」と呼びます。一定の立場にある人が遺棄をはたらくと、刑法が定める犯罪が成立して、厳しい追及を受けて刑罰を科せられる可能性があります。

本コラムでは、「人を放置する行為」で問われる犯罪について、ベリーベスト法律事務所 長崎オフィスの弁護士が解説します。

1、「人を放置」することで問われる罪と具体例

まず、「人を放置する」という行為がどのような犯罪に問われるかについて、罪の種類や量刑を解説します。

  1. (1)遺棄罪

    「人を放置する」という行為で問われる罪の基本となるのが、刑法第217条の「遺棄罪」です
    遺棄罪は、生命や身体の安全のために保護を必要とする、次に掲げる者を遺棄した場合に成立します。

    • 老年者
    • 幼年
    • 身体障害者
    • 疾病のある者


    法律上、刑法第217条の「遺棄」には、現在よりも危険な状態に移すことに加えて、危険な状態にある相手を放置して自分はその場から離れる行為も含む、と解釈されます。
    また、遺棄に関する他の犯罪と区別するために、「単純遺棄罪」と呼ぶこともあります。

    法定刑は「1年以下の懲役」です
    ただし、単純遺棄罪にあたる行為が問題になる状況は極めて限定的です。
    遺棄が問題となる事例の多くでは、保護を必要とする者に対して責任のある立場の者を対象とする別の犯罪で処罰されています。

  2. (2)保護責任者遺棄罪

    老年者・幼年者・身体障害者・疾病のある者について、保護する責任のある者がこれらを遺棄したり、生存に必要な保護を怠ったりすると、刑法第218条の「保護責任者遺棄罪」に問われます
    ここでいう「保護責任者」とは、法律・契約などのほか、慣習や条理などにもとづいて要保護者を保護する責任を負う者です。
    具体的には、子どもの親や福祉施設の介護士などが該当します。

    たとえば、幼児を高温の車内に放置してしまったものの、周囲の人が発見してくれて要保護者が負傷・死亡するに至らずに済んだといったケースでは、保護責任者遺棄罪が成立すると考えられます。
    法定刑は「3カ月以上5年以下の懲役」です

  3. (3)保護責任者遺棄致傷罪

    保護責任者遺棄罪にあたる行為によって、要保護者にケガや病気を生じさせた場合は、刑法第219条の「保護責任者遺棄致傷罪」に問われます
    わざと「ケガをさせてやろう」「病気になってしまえばいい」などと考えていたわけでなくても、保護を要する者に必要な保護を「しなかった」結果としてケガや病気が発生した場合には成立する犯罪です。

    また、保護責任者遺棄致傷罪には個別の法定刑が設けられていません。
    条文によると「傷害の罪と比較して、重い刑により処断する」と明記されています。
    これは、保護責任者遺棄罪と刑法第204条の「傷害罪」とを比較し、刑罰の上限と下限について、より厳しく定められている一方を適用するという意味です。
    傷害罪で科せられる懲役の年数は「15年以下」であるため、下限は1カ月、上限は15年になります。
    したがって、保護責任者遺棄致傷罪においては、下限は「3カ月以上」の保護責任者遺棄罪の法定刑が適用されて、上限は「15年以下」の傷害罪が適用されることになります

  4. (4)保護責任者遺棄致死罪

    保護責任者遺棄罪にあたる行為が原因で要保護者が死亡してしまった場合は、刑法第219条の「保護責任者遺棄致死罪」に問われます
    たびたび報道されている「子どもを放置して死亡させてしまった」というケースも、本罪の処罰対象となります。

    保護責任者遺棄致死罪が成立するのは、保護責任者遺棄罪にあたる行為はあったものの、要保護者のことを「殺そう」あるいは「このまま死んでしまっても構わない」と考えていたわけではない場合に限られます。
    もし、これらの意志をもっていた場合は殺意が認定されてしまうので、保護責任者遺棄致死罪ではなく刑法第199条の「殺人罪」の成立が問われることになるでしょう。

    また、保護責任者遺棄致傷罪と同じく、保護責任者遺棄致死罪も個別の法定刑が定められていない犯罪です。
    保護責任者遺棄罪と刑法第205条の「傷害致死罪」を比較して重いほうの刑罰が適用されることになります。
    傷害致死罪の法定刑は「3年以上の有期懲役」で、下限は3年、上限は20年です
    上限・下限ともに傷害致死罪のほうが重いため、最低でも3年、長ければ20年という長期にわたる懲役に服さなくてはなりません。

2、警察から「事情を聞きたい」と言われたときに取るべき対応

保護の必要がある人を放置して事件に発展してしまうと、警察から「事情を詳しく聞かせてほしい」という申し入れを受けることになるでしょう。
以下では、事情聴取のために出頭を求められた場合にとるべき対応を解説します。

  1. (1)事情聴取には素直に応じる

    警察から「事情を聞かせてほしい」と言われて出頭を求められた場合には、基本的に、素直に応じたほうが安全です
    人を放置して遺棄に関する罪が成立するおそれのある状況なら、むやみに出頭を拒んでいると「任意では事情を聞けない」と判断され、逮捕の危険が増すためです。

    指定された期日や時間に出頭することが難しい場合にも、その旨を遠慮なく説明して、日時を調整してもらいましょう。
    ただし、素直に応じるべきなのは事情聴取の日程調整についてのみであって、実際に行われる事情聴取に対してどのように回答すべきかは、事案ごとに異なる判断が必要となります。
    緊急性が高く、直ちに任意同行を求められている状況であるなら、その場から弁護士に電話をかけて相談するようにしてください。

  2. (2)取り調べの状況を記録しておく

    犯罪の容疑がかかってしまうと「取り調べ」というかたちで尋問を受けます。
    閉鎖的な取調室で、警察官と一対一の状態になるので、もし暴言や脅しがあったり誘導的な質問がされたりしても、証拠が残りません。

    日ごろから記録している日記やスケジュール手帳など、どんな道具を使っても良いので、当日の取り調べ状況をできるだけ詳しく記録しておきましょう。
    特に不当な取り調べがなされた場合には、日時・場所・担当した警察官の名前・警察官の発言や行動などを記録しておけば、あとで取り調べの不当性を問い詰める際の証拠になります

  3. (3)納得できない供述調書にはサインしない

    事情聴取や取り調べの最後には、供述内容を取調官がまとめた「供述調書」が作成されます。
    供述調書が完成すると、取調官による読み聞かせの後、供述人にも閲覧の機会が与えられますが、内容を確認せずにサインすることは避けてください
    読み聞かせ・閲覧のうえで供述人が「間違いありません」と申し立てて末尾に署名・押印すると、供述調書は公文書になってしまいます。
    そして、公文書になるとその後の修正や訂正は認められません。

    もし誤りがある場合は、サインする前に「この部分が事実とは異なる」と指摘して何度でも修正・訂正してもらいましょう。
    どうしても納得できる内容にならなかった場合は、サインを拒否することも可能です。

3、逮捕されるとどうなる?刑事事件の流れ

子どもや高齢者などを放置して負傷・死亡させてしまった場合は、保護責任者遺棄致死傷罪に問われて厳しい処分を受けることになります。
重大な事件として「逮捕」される可能性も高くなるでしょう。

以下では、警察に逮捕されてから刑事裁判が開かれて判決が出るまでの流れを解説します。

  1. (1)身柄を拘束されて取り調べを受ける

    警察に逮捕されると、警察の段階で48時間以内、検察官のもとで24時間以内、合計で最長72時間にわたる身柄拘束を受けます
    ここまでは「逮捕」による身柄拘束ですが、72時間が過ぎれば必ず釈放されるわけではありません。
    検察官の請求によって裁判官が「勾留」を許可すると、さらに原則10日間、延長されると最長20日間にわたって身柄拘束を受けることになるのです

    身柄拘束を受けている間は、警察や検察官による取り調べが続きます。
    さらに、警察署の留置場で寝泊まりをすることになり、自宅へ帰ることも会社に行くことも許されません。
    そのため、社会生活は大きな不利益が生じることになるでしょう。

  2. (2)起訴されると刑事裁判が開かれる

    警察・検察官による捜査が終了すると、起訴・不起訴が判断されます。
    起訴されれば被告人となって刑事裁判を受けることになり、不起訴となれば事件は終結です。

    被告人になると、刑事裁判への出廷を確保するために引き続き勾留を受けます。
    一時的な身柄解放にあたる「保釈」が認められない限り、刑事裁判が終わるまでは釈放されません。
    一方で、不起訴になった場合には身柄拘束を続ける必要もなくなるので、即日で釈放されます。

  3. (3)有罪判決が下されると刑罰を受けて前科がつく

    刑事裁判では、検察官・弁護士がそれぞれに集めた証拠を裁判所に提出し、裁判官が取り調べます。
    おおむね起訴から1カ月~2カ月がたつころに初回の公判が開かれ、以後、およそ1カ月に一度のペースで公判が開かれて審理が進みます。
    起訴から終結までには、数か月の時間がかかるでしょう。

    刑事裁判の最終回では有罪または無罪のいずれかの判決と、有罪の場合は法律が定める範囲で適当な量刑が言い渡されます。
    遺棄に関する罪の法定刑はすべて「懲役」であるため、有罪になった場合に下される刑罰も懲役のみであり、禁錮や罰金が言い渡されることはありません
    期日までに異議申し立てをしなかった場合は刑が確定して、前科がついてしまいます。

4、犯罪の容疑をかけられたら弁護士に相談を

人を放置したことで犯罪の容疑をかけられてしまった場合は、逮捕や刑罰を受ける危険が身に迫っていると考えなければなりません。
速やかに弁護士に相談・依頼を行うことが、ご自身の身を守るためには不可欠です。

  1. (1)不起訴に向けた弁護活動が期待できる

    刑事事件においては、検察官は前もって慎重に精査したうえで、起訴すれば有罪判決を得られるのがほぼ確実な事件に限定して起訴しています。
    そのため、起訴されれば無罪判決を得られる可能性は極めて低くなります。
    そのため、容疑のかかった当事者としては、「不起訴」を目指すことが重要になります。

    弁護士に依頼すれば、被害関係者との示談交渉や遺棄にあたらないことの証拠収集など、不起訴に向けた弁護活動が期待できます
    個人でこれらの対応を取るのは難しいため、もし遺棄に関する容疑がかかったら、直ちに弁護士に相談するようにしましょう。

  2. (2)刑罰の軽減に向けた弁護活動が期待できる

    遺棄に関する罪の成立が避けられない状況でも、必ず有罪となって刑務所へと収監されるわけではありません。
    無罪判決を得るのは極めて難しいとはいえ「遺棄」の考え方は現在も議論が絶えないので、状況次第では無罪となる可能性があります。
    また、有罪であっても、3年以下の懲役は「刑の執行猶予」の対象なので、情状酌量を得られる有利な事情があれば実刑を回避することも可能です。

    どのような事情が有利にはたらくのかということを判断したり、証拠を集めるなどの具体的な対応を実行したりするうえでは、法律の専門家である弁護士のサポートは欠かせません

5、まとめ

刑法には「遺棄」に関する罪が定められているので、子どもや高齢者など、保護を要する人を放置すると犯罪になります。
自分に保護の責任が生じる相手なら「保護責任者遺棄罪」に、要保護者が負傷・死亡した場合はさらに厳しい「保護責任者遺棄致死傷罪」に問われるため、逮捕されて厳しい刑罰を科される危険が増すことになるでしょう。

人を放置した行為が問題となって警察に容疑をかけられてしまった場合、ご自身の力で事態を解決することは困難です。
もし容疑をかけられた場合には、刑事事件の解決実績が豊富なベリーベスト法律事務所にご連絡ください

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